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大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)1453号 判決 1978年9月28日

控訴人 香川恒数

控訴人 香川鶴江

右控訴人両名訴訟代理人弁護士 有田尚徳

右同 長沢泰一郎

被控訴人 日本国有鉄道

右代表者総裁 高木文雄

右訴訟代理人 丹羽照彦

<ほか三名>

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人等の負担とする。

事実

一  当事者双方の求めた裁判

1  控訴人等

原判決を取消す。

被控訴人は、控訴人等に対し、金五五五万五七七〇円および内金五〇五万五七七〇円につき昭和四七年一〇月三日から、内金五〇万円につき本判決言渡の日の翌日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

仮執行の宣言。

2  被控訴人

主文同旨。

二  当事者双方の主張および証拠関係

次に付加するほかは、原判決事実摘示と同じであるから、これを引用する。(ただし、原判決七枚目表一〇行目「同密和歌男」とあるのを「同密和賀男」と訂正。)

1  主張

(一)  控訴人等

本件事故発生現場である踏切は、右事故発生当時次のような客観的状況下にあった。それにもかかわらず、右踏切には、列車の接近を通行人に知らせるべき保安設備、少くとも警報機、を欠いていた。右保安設備の欠缺は、土地の工作物の設置に瑕疵がある場合に該当する。

(1) 本件踏切における見通しの良否

本件の如き列車接近の報知設備のない踏切における見通し基点は、当該踏切を起点とし、しかも、自転車や自動二輪車に乗った者(本件踏切では、自動車の通行が禁止されている。)が右踏切にさしかかった際、列車の接近を知って右自転車等が停止できるだけの距離を持った地点とすべきである。ところで、右自転車等で本件踏切を東方より進行し本件踏切を横断する場合、時速七〇キロメートルの速度で国鉄播但線を仁豊野駅方面に向け進行する列車は、運転手において危険感知し急制動を採った後二二〇メートル進行しないと停止できないのであるから、横断者においては、南方二二〇メートルの地点を見通し得て初めて列車の進来を感知し、自転車等を停止し得るということになる。したがって、本件見通しの基点は、進来する列車の速度との関係においても決定されねばならない。

しかして、本件踏切中心点から南方砥堀駅に向って一四〇メートルの地点に別の踏切が設置されているが、本件踏切から右踏切に至るまでの線路は、西方へ湾曲して敷設されているが、本件踏切からする、右南方踏切を越えて更に南方砥堀駅方面への見通しは、容易でない。加えるに、本件事故当時、本件踏切の東南側に、廃車バス一台が、物置同様に放置されていて、このバスが、右踏切を東から西へ横断する通行人の南方への見通しを一層困難にしていた。

かかる状況下で、右見地から本件踏切における見通し基点を検討すると、次のとおり本件踏切構内外縁(線路の中心線より東西へ各三メートルが踏切構内。)から二ないし三メートルの地点ということになる。即ち、本件踏切構内東側外縁から四メートルの地点(本件踏切の中心からすると七メートルの地点。)から南方を見通した場合、本件踏切より南方一四〇メートルの地点にある前記踏切を見通すことはできないし、更に、本件踏切構内東側外縁から五メートルも離れた地点になると、南方への見通しは、四〇ないし五〇メートル程度に減じてしまう。したがって、この各地点を本件見通しの基点とすることはできない。ただ、右踏切構内東側外縁から二ないし三メートルの地点において、初めて南方二二〇メートルを見通すことができる。そうすると、本件踏切の見通しの良否は、右踏切構内東側外縁から二ないし三メートルの地点を基点として決せられるところ、右基点と右踏切との距離関係から見れば、本件踏切における見通しは、不良というべきである。

(2) 本件踏切における道路交通量

右道路交通量は、被控訴人の主張するような数値ではなく、もっと大きいものである。そして、踏切の交通安全に関する法令は、安全の最低基準を定める目的で制定されたもので、その基準さえ満たせば責任を免れる性質のものでない。問題は、本件踏切に安全のため必要な設備が設けられていなかったところにある。

(3) 本件踏切における過去の事故歴

昭和四四年頃材木積載のリヤカーを引いた通行人が本件踏切を横断していて右積載材木が列車と接触して発生した事故、本件事故後右踏切において老人が列車と接触した事故、昭和四九年頃、自転車に乗って右踏切を横断していた婦人が列車と接触した事故、がある。

(4) 本件事故後本件踏切に警報機が設置された事情

本件事故後の昭和五一年四月、本件踏切に警報機が設置されたが、右警報機は、姫路市において、本件踏切が、附近住民より「魔の踏切」と恐れられているのを知って、被控訴人に対し、警報機等保安設備の設置を強く要求したが、被控訴人においてこれに応じなかったため、同市により設置されたものである。

(5) ただ、被控訴人主張の、本件踏切の本件事故当時における設備および付近の状況は認め、同じく右踏切の鉄道交通量は、争わない。

よって、本件踏切の占有・所有者である被控訴人は、控訴人等に対し、民法七一七条一項により、本件事故の損害賠償責任を負うべきである。

(二)  被控訴人

本件踏切の本件事故当時における設備および付近の状況については、原審で述べたとおり(原判決四枚目裏一五行目「(1)本件事故現場付近の状況」から同五枚目表一二行目「……存在を知ることができる。」まで。)であるところ、次に述べる具体的諸事情を総合すると、本件踏切に控訴人等の主張する保安設備が設置してなかったことは、決して、土地の工作物の設置に瑕疵ある場合に該当しない。なお、控訴人等の主張事実中本件踏切中心点から南方砥堀駅に向って一四〇メートルの地点に踏切が設置されている点、本件踏切から右踏切に至るまでの線路が西方へ湾曲して敷設されている点、本件事故後の昭和五一年四月本件踏切に警報機が設置された点、は認めるが、その余の主張事実およびそれに基く主張は全て争う。

(1) 本件踏切における見通しの良否

踏切の見通し距離の基点については、踏切道改良促進法に基づく踏切道の保安設備の整備に関する省令(昭三六・一二・二五運輸省令第六四号)別表第3注2にあるように、踏切における軌道の中心線と道路の中心線の交点から軌道の外方道路の中心線上五メートルの地点における一・二メートルの高さが基点とされるべきである。

しかして、本件踏切において、右基点からの見通しは、南方(本件列車の進来方向)へ約四〇〇メートル、北方へ約二三〇メートルであって、列車に対する見通しは良好である。

本件踏切とその南方に存在する別の踏切間の線路が西方へ湾曲していることは前記のとおりであるが、右湾曲は僅かであり、本件踏切を東方から横断する通行者にとっては、かえって南方から進来する列車を見通すのに好都合な半円曲線となっている。したがって、右湾曲は、本件踏切における見通し範囲を決して縮少するものでない。

又、仮に、本件事故当時、控訴人等の主張する廃車バス一台が、控訴人等主張の場所に放置されていたとしても、右バスは、本件踏切の東側の鈴木モータースのフェンス内にあったのであるから、見通し距離が、そのため一層困難になるというようなことはあり得ない。

(2) 本件踏切の鉄道交通量

本件踏切を通過する列車は、昭和四七年当時、一日上り下り合せて六六本(昭和五〇年一〇月では六〇本。)であり、東海道本線(七二六本)、山陽本線(三九七本。)等に比べて極めて少い。

(3) 本件踏切の道路交通量

本件踏切の一日当りの道路交通量は、昭和四七年七月当時、歩行者一六〇人、自転車および原動機付自転車等一五〇輌で、その換算道路交通量は六〇〇である。又、右道路交通量に関する昭和五〇年一〇月の調査によれば、歩行者二一一人、自転車および原動機付自転車等一二九輌で、その換算道路交通量は五七九であって、本件事故当時と殆ど変らないものであった。右道路交通量は、前記踏切道の保安設備の整備に関する省令二条に規定する踏切警報機又は踏切遮断機を設置すべき踏切道の換算道路交通量三〇〇〇に比較すると、その五分の一以下という極めて少ないものである。

(4) 本件踏切における過去の事故歴

本件踏切において、本件事故前一〇年間、本件事故と同種の死傷事故は、発生していない。

(5) 本件事故後本件踏切に警報機が設置された事情

右警報機が設置されたのは、姫路市が、被控訴人に対し、本件踏切に警報機を設置する費用は同市において負担する旨申出たうえ右警報機の設置を要請したので、被控訴人においてこれを容れたことによる。被控訴人において、本件踏切が危険と認めたから、右警報機を設置したのではない。

2  証拠関係《省略》

理由

一  当裁判所も、控訴人等の本訴請求を全て棄却すべきであると判断するが、その理由は、次のとおり付加訂正するほか原判決の理由と同じであるから、これを引用する。

二  控訴人等は、本件事故当時その事故現場である本件踏切に列車の接近を通行人に報知すべき保安設備、少くとも警報機が存在しなかったことをもって、土地の工作物の設置に瑕疵がある場合に該当すると主張する。よって、この点について判断する。

1  ところで、踏切における、控訴人等主張の如き保安設備の欠缺が、民法七一七条一項所定の瑕疵に該当するか否かは、当該踏切における見通しの良否、交通量、通過する列車の回数、当該踏切における過去の事故歴等の具体的諸事情を総合し、当該保安設備が、当該踏切における列車運行の確保と道路交通の安全を調整すべき機能を果すに足りるものといえるか否かによって決せられると解するのが相当である。

以下、右観点に立って、本件瑕疵の有無につき検討する。

(一)  本件踏切の本件事故当時における設備および付近の状況、本件踏切中心点から南方砥堀駅に向って一四〇メートルの地点に踏切が設置されている点、本件踏切から右踏切に至るまでの線路が西方へ湾曲して敷設されている点、本件事故後の昭和五一年四月本件踏切に警報機が設置された点、本件踏切の鉄道交通量、は当事者間に争いがない。

(二)  本件踏切における見通しの良否

(1) 《証拠省略》を総合すると、次の各事実が認められる。

(イ) 踏切道改良促進法に基づく踏切道の保安設備の整備に関する省令(昭和三六・一二・二五運輸省令第六四号、改正昭四六・一一・二九運輸省令第六六号)別表第3注2によれば、踏切における見通し区間の長さは、右省令上踏切道における最縁端軌道の中心線と道路の中心線との交点から、軌道の外方道路の中心線上五メートルの地点における一・二メートルの高さにおいて見通すことができる軌道の中心線上当該交点からの長さをいう。右基準にしたがって、本件踏切の見通し区間の長さを測定すると、その長さは、五〇メートル以上である。しかして、本件踏切は、本件事故当時右見通し区間の長さ、一日当りの鉄道交通量(本件事故発生当時一日上り下り合せて六六本。)および後記認定にかかる、本件踏切における一日当りの道路交通量からして、右省令上、警報機遮断機を設置しなくても、踏切警標、交通規制杭等の設置で足りる第四種踏切に該当した。そして、事故当時、本件踏切構内の東西各入口付近に、踏切警標、踏切注意標、交通規制杭および公安委員会の車禁標が設定されていた。

(ロ) 右基準基点から、東方へ、三メートル、五メートル、七メートル、進行した各地点から、本件踏切の南方国鉄播但線上を見通すと、その見通しは、いずれの地点からも、本件踏切の南方にある前記踏切を越えて更に南方にまでおよぶ。本件踏切と右南方踏切間の線路の湾曲は、ゆるやかな半円曲線状であり、しかも、右線路は、右南方踏切を通過してなお西方へゆるやかに湾曲しているから、右線路の湾曲は、本件踏切の東側道路通行者に対し、むしろ、本件踏切南方の線路状況を見通しやすくしている。そして、右作用は、右基準基点から東方へ三メートル、五メートル、七メートルの右各地点においても変りない。

(ハ) 本件踏切の東南角の線路沿いに鈴木モータースの工場建物が存在し、その敷地の西側境には、金網フェンスが設置されている。そして、本件事故当時、本件踏切の南東部に、本件踏切東側道路南端と右フェンスおよび右工場の既存の建物西側壁、北側壁に囲まれた矩形状の空地があった。しかして、本件事故後、右空地の一部に、右工場建物の北側壁に接続して建物が増築されたが、右工場建物および金網フェンスの存在は、現在においても、右基準基点から東方へ三メートル、五メートル、七メートルの各地点における前記見通しの妨げとなっていない。けだし、右三メートル、五メートルの各地点では、その地点自体右工場建物の最も線路寄りの西端壁および金網フェンスよりも西方に位置し、右地点から南方線路上を見通す者(通常成人男子が立った場合の眼の位置。以下同じ、)の視界は、右各物件により妨げられないし、右七メートルの地点では、その地点自体右工場建物の右西端壁および金網フェンスよりやや東方に位置するが、右地点から南方線路上を見通す者の視野は、右工場建物の右西端壁以西、右金網フェンス以上の範囲におよび、前記半円曲線状をなす本件線路および前記南方踏切更にそれを越えた南方線路の状況は、右視野の中にあるからである。

(2) 《証拠判断省略》

(3)(イ) 右認定事実を総合すると、本件事故当時における、本件踏切東側道路上の南方面への見通しは、前記省令に準拠して得られる基点から東方へ七メートル進んだ地点以西において、少くとも、国鉄播但線砥堀駅方面(本件列車の進来方向)の線路状況に関する限り、良好であったと認めるのが相当である。

(ロ) この点に関する控訴人等の主張中見通し可能地点決定のための基点については右認定説示と同じであるから、この点はともかく、右認定説示と相反するその余の部分については、それ自体合理的根拠を見出し難く、これを認めるに足りる証拠もない。結局、控訴人等のこの点に関する主張は、全て採用できない。

(ハ) なお、本件事故当時鈴木モータースの北側空地(本件踏切東南部にあった前記空地)に廃車になったバス一台が常時置かれていたこと、は原判決認定(同判決八枚目裏一一行目「鈴木モータースの……」から同一二行目「……認められる」まで。)のとおりであるところ、加えて、《証拠省略》を総合すると、右廃車バスの置かれていたのは、前記金網フェンスの東側沿いで、前記工場建物の前記西端壁の延長線より可成り東方へ寄った位置で、したがって、右車体と右フェンスとの間に可成り空地があったこと、ただ、右車体の後部が右フェンスの北端付近まで来ていたことが認められるのであり、右認定事実からすると、確に、原判決認定の如く、右バスの存在により、本件踏切を東側道路から通行する場合、南方への見通しが悪化することが推認できる(原判決八枚目裏一二行目「この事実に」から同一四行目「……推認できる」まで。)。しかしながら、原審における検証の結果によって認められる、本件踏切東側道路は、北東方向から右踏切に至り、右踏切を通過後南西方向へ直線状で伸びている点、および右認定の如く、右バスと前記金網フェンスとの間に可成り空地があった点、更に、前記認定の如く、右東側道路上で右フェンスのやや東方付近の地点では、右フェンスが南方を見通すうえで何等妨げとならない点、を総合すれば、少くとも、右東側道路上で右バス車体の北西部に当る地点付近での南方への見通しは、右バスの存在によって左右されなかったと認めるのが相当である。結局、右バスの存在も、本件踏切の見通しに関する前説示を妨げるものでない。

(三)  本件踏切における道路交通量

《証拠省略》によれば、本件踏切は、自動車の通行が禁止され、主として付近住民により利用され、昭和四七年度における本件踏切の一日当りの道路交通量(同四四年度調査結果からの推計)は、歩行者一六〇人、自転車および原動機付自転車等一五〇輌、その換算道路交通量六〇〇であり、又、右道路交通量に関する昭和五〇年一〇月の調査によると、午前七時から以後一二時間の間歩行者二一一人、自転車および原動機付自転車等一二九輌で、その換算道路交通量は五七九であること、昭和四七年度における右換算交通量は、前記省令二条に規定する踏切警報機又は踏切遮断機を設置すべき踏切道の換算道路交通量三〇〇〇に対しその五分の一に当ること、が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(四)  本件踏切における過去の事故歴

《証拠省略》を総合すると、本件事故のほか、車輌規制のなされる以前の昭和三八年ころ自動車の接触事故が、本件事故後の昭和四九年に老人の接触事故が発生していることが認められ、右認定に反する控訴人両名の供述は右証拠に照し直ちに措信しがたく、他に右認定を覆すに足る確証はない。

(五)  本件事故後本件踏切に警報機が設置された事情

昭和五一年四月、道路管理者である姫路市からの陳情により、本件踏切とこれに隣接する二個所の踏切についての保安設備費用を同市が負担することとして、本件踏切は第三種踏切に格上げされ、警報機が設置されるに至ったこと、右警報機の設置は、右事情からで、本件踏切に特別危険があったからではないこと、は原判決認定(同判決八枚目裏三行目「8、ところが……」から同六行目「……に至った」まで、および同判決九枚目裏二行目「これは、……」から同三行目「……されたものである。」まで。)のとおりであり、当審証人長谷川鈴男も、右認定にそう趣旨の証言をしており、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

2  叙上の認定にかかる具体的諸事情を総合すると、本件踏切に本件事故当時控訴人等主張の如き保安設備、少くとも警報機の設置が欠缺していたことは、民法七一七条一項所定の瑕疵には該当しない、即ち、土地の工作物たる本件軌道施設に瑕疵があったものということはできないと結論するのが相当である。

よって、右説示に反する、控訴人等の主張は、全て理由がない。

三  以上の次第で、控訴人等の本訴請求は全て理由がないから、これを棄却すべきであり、これと結論を同じくする原判決は正当である。

よって、本件控訴は全て理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用につき民訴法九五条、九三条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大野千里 裁判官 鍬守正一 鳥飼英助)

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